本研究では、束縛された電子スピンを対象として、そのコヒーレント操作を行うための材料系を伝統的な半導体にとどまらずカーボンナノチューブなどの新材料にまで広げ、制御すべき単一スピンを生成するための基礎物性を調べることを行った。束縛電子系としては、カーボンナノチューブ量子ドットとガリウムヒ素系2次元電子ガス内に形成したアンチドットを強磁場下においた系を対象とした。その結果、前者のカーボンナノチューブ量子ドットが単一スピンを生成するために大変よい性質を持っていることを明らかにした。 1本の単層カーボンナノチューブ上に電流を流すためのソース・ドレイン金属を蒸着すると、電極間のカーボンナノチューブ全体が量子ドットとして振る舞う。この量子ドットは、カーボンナノチューブの超微細な直径のゆえに、1次元箱型ポテンシャルに閉じこめられた人工原子として振る舞うことを、極低温での単電子輸送現象を測定することにより示した。すなわち、極低温でカーボンナノチューブ量子ドットのクーロン振動の振動周期に、4電子周期と2電子周期が現れる。これらのことは、閉じこめ準位により人工原子が形成されており、電子数が多いにもかかわらず、電子殻構造が観測されたことは重要である。このことは、電子殻に電子を1個入れた場合にはく単一スピンの生成、すなわちスピン型の量子ビットの生成が可能であることを示している。この状態で、磁場を印可するとエネルギーがゼーマン分裂することが明瞭に見られた。その状態でマイクロ波からミリ波の電磁波を照射し、単一スピンのコヒーレントな操作を試みたが成功しなかった。ただし、単一スピンのエネルギー緩和時間は1マイクロ秒以上あることがわかった。また、電子殻に電子を2個入れた状態では、相互作用する2電子系の量子状態であるスピン1重項状態とスピン3重項状態をエネルギースペクトル測定で直接観測することに成功した。
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