量子位相を操作するための有望な戦略の一つとして、物質の波動関数に波としての光の位相を転写する方法が考えられる。例えば、二原子分子に核の振動周期よりも短い光パルスを照射すると、「波束」と呼ばれる局在波が結合軸上を行ったり来たりするような状態を造り出す事ができる。波束の発生に際して、数フェムト秒からアト秒のサイクルで振動する光電場の初期位相は波束の初期位相として分子内に保存されるので、光学サイクルを凌駕する精度で光の位相を操作すれば波束の位相を操作することができる。我々は、この考えに基づき、10アト秒以下の精度で波束の量子位相を操作する技術を開発する事に成功した。さらにこの技術を用いて、熱的なアンサンブル中に置かれた分子内に発生した2個の振動核波束の量子干渉をほぼ100%の変調強度で完全制御することに成功した。これは波束の100%完全干渉が観測された初めての例である。我々は、このような高分解能の波束干渉を用いて、典型的な9通りの量子位相情報を波束の節目構造として分子内に書き込んで読み出すことに成功するとともに、波束を構成する振動固有状態の組から成るキュビット(二準位系)やキュトリット(三準位系)を構築し、これらに対して高精度および高安定の回転量子ゲートを開発した。これら一連の成果は、分子を媒体とする光位相メモリーや量子コンピューターの可能性を示唆する。分子を用いた場合、多数の振動固有状態を使って多数のキュビット(キュトリット)を積み上げることが可能なので、原理的にはスケーリングが容易であるという利点がある。例えば二原子分子の高振動準位を用いた場合、50キュビット以上を達成する事は可能であるが、これは現存する量子デバイスが2〜3キュビットで将来的にも高々10キュビット程度であろうと予想されているのと対照的な状況であり、分子を用いた量子情報処理の今後の発展が期待される。
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