コヒーレント制御は、物質の波動関数の量子位相を操作する技術である。その応用は、量子コンピューティングや結合選択的な化学反応制御といった新たなテクノロジーの開発に密接に結び付いている。量子位相を操作するための有望な戦略の一つとして、物質の波動関数に波としての光の位相を転写する方法が考えられる。例えば、二原子分子に核の振動周期よりも短い光パルスを照射すると、「波束」と呼ばれる局在波が結合軸上を行ったり来たりするような状態を造り出す事ができる。この波束は複数の振動固有状態の重ね合わせであり、結合の伸び縮みに対応した古典的な運動をする。波束の発生に際して、数フェムト秒からアト秒のサイクルで振動する光電場の位相は波束の量子位相として分子内に保存されるので、光学サイクルを凌駕する精度で光の位相を操作すれば波束の量子位相を操作することができる。我々はこの考えに基づき、独自に開発したアト秒位相変調器(APM)を用いて、二つのフェムト秒レーザーパルス間の相対位相をアト秒精度で操作するとともに、このパルス対によってヨウ素分子内に発生した2個の波束の量子干渉の様子を、オングストロームの空間分解能とフェムト秒の時間分解能で観測し制御する事に成功した。また、この高精度量子干渉をデコヒーレンス検出器として用いる事によって、熱的な分子集団の回転位相緩和や固体中の光学コヒーレントフォノンの発生に伴うデコヒーレンスを検出する事に成功した。さらに、アト秒精度のコヒーレント制御法を強光子場中の希ガス原子の越しきい値イオン化過程に応用し、光学非線形過程における高精度コヒーレント制御の可能性を検討した。
|