高励起分子振動のダイナミックスのモデルとしてアーノルドの網の目が知られている。これは分子振動の非線形共鳴が構成するネットワークである。しかし反応過程を考えるためにはアーノルドの網の目からポテンシャルサドルへのつながりを考える必要がある。また、近年のLaskerや本條らの研究は、アーノルドの網の目において共鳴の交差が重要な役割を果たす事を示しているが、分子振動のモデルにおける共鳴交差の研究はまだ少ない。このような問題意識から、ここではアーノルドの網の目における交差の役割、およびアーノルドの網の目からポテンシャルのサドルへ向かう運動の解析を目指してモデル系の古典ダイナミックスを調べている。特に、非定常な時系列の解析において威力を発することが期待できるウエーブレット多重解像度解析を、アーノルド編みの目上のダイナミックスに適応し、網の目の構造に関する情報を、時系列の解析から得る方法を研究中である。またアーノルドの網の目上における量子力学のコントロールを目指して、高見らが提案している「粗視化された場によるコントロール」の拡張を試みている。 現時点で得られている結果は下記の通りである。アーノルドの網の目上のダイナミックスにおいて、相空間構造に起因すると考えられる反応障壁が存在する。この障壁は、ポテンシャル井戸内に存在し、従来考えられているエネルギー障壁ではない。むしろ、相空間構造のつながりの細さに関係する動力学的な障壁である。この障壁のために、共鳴交差上のダイナミックスと、共鳴の重なりに依るダイナミックスの間に、有限時間の間の非エルゴード性が見られる。
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