本年度は、高エナンチオ選択的水素化の原点にあるKaganの反応系を取り上げ、BINAP-Ru錯体とBINAP-Rh錯体を用いる方法と比較しつつ、その分子機構を追究した。(Z)-α-(アセトアミド)桂皮酸メチルを(S)-BINAP-Ruジアセタート錯体を用いてメタノール中、低圧で水素化すると対応するS体のα-アミノ酸誘導体が90% eeで生成する。まず、速度論実験と重水素標識実験から導かれたモノヒドリド-不飽和機構を基盤に、速度式を詳細に解析して触媒サイクル構成種間のエネルギー関係を定め、その正当性を同位体効果測定によって実験的にも確認し、触媒サイクルの全貌を明らかにした。重水素標識型式の詳細な解析により、副鏡像異性体のアミノ酸誘導体も同じ機構で生成することを示した。一般的には鏡像面選択は最初の非可逆段階において決定されるが、本触媒系では加水素分解エネルギーに主副間で大きな差がないため、基質触媒複合体を形成する可逆段階で立体化学が決定される。さらに、核磁気共鳴分光実験やX線結晶構造解析からの情報をもとに基質・触媒複合体、生成物・触媒複合体等の構造情報を得、鏡像面選択機構を明確にした。従来の常識を覆して、観測される基質触媒複合体は非生産性であり、その構造がロジウム触媒反応における生産性活性種に対応する。熱力学と速度論の調和・不調和がルテニウム法とロジウム法に観測される鏡像面選択の逆転効果現象の根源であり、また、ルテニウム法の高い基質汎用性の要因となっていることを示した。不斉触媒設計のための一つの指針を提示するものである。
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