平成15年度は、これまでに確立した不斉水素化反応機構解明のための分析技術を基盤にして、不斉触媒反応における副鏡像異性体の起源を追及した。一般的に、プロキラルな基質はキラル触媒によって生じるジアステレオ的関係にある二つの触媒サイクルを介してエナンチオ的関係にある主生成物と副生成物へと変換される。主副生成物比をアレニウスの式を用いて二つの遷移状態間の自由エネルギー差に関連つけ、副鏡像異性体の起源を確認することなく、単一の反応機構が働くという大前提のもとに、主副触媒サイクルのエネルギープロファイルやエナンチオ選択性が議論される傾向にある。副生成物は全く異なった反応経賂から生じる可能性もあり、議論には十分の注意を要する。本研究者は、与えられた条件下で複数の異なった触媒活性種が発生し、それらが同一の基質を異なったエナンチオ選択性や反応性で生成物に変換する系もあるとの考えのもとに、種々の不飽和有機化合物のBINAP-Ru水素化反応において、様々な重水素標識条件下で、主鏡像異性体と副鏡像異性体への同位体導入型式を詳細に比較調査した。その結果、(Z)-3-フェニル-2-ブタン酸の不斉水素化において、主副間でその型式が著しく異なることを見いだし、複数の触媒活性種が関与していること、副鏡像異性体の生成には主鏡像異性体とは異なる反応経路が存在することをはじめて明確に示した。不斉触媒反応の選択性や反応性の議論に新しい側面を開くものとして注目される。
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