研究概要 |
本研究では、中心金属の動的挙動を精密に制御することにより、従来の概念では不可能であつた新規遷移金属錯体触媒反応を開発することを目的とする。近年の有機合成化学および有機工業化学における最重要研究課題の一つは、石油基幹原料として重要なオレフィン等不飽和炭化水素への触媒的ヘテロ原子導入新反応の開発であり、社会的に強く要請されている。そこで本研究では、我々がこれまで先駆的に独自の方法で詳細な検討を行ってきたルテニウム錯体の触媒化学を基礎とし、アミン、アルコール、チオール、および水分子の触媒的活性化による不飽和炭化水素の新規高選択的官能基化反応の開発を行った。 本年度はまず、ルテニウム錯体触媒を用いるアミノアルケン類の分子内酸化的アミノ化反応による新規環状イミン合成法を開発した。炭酸カリウムおよび酢酸アリル共存下、新規ルテニウム触媒系[RuCl_2(CO)_3]_2/dppp[dppp=1,3-bis(diphenylphosphino)propane]を用いることにより、アミノアルケン類の分子内酸化的アミノ化反応が良好に進行し、対応する5、6員環の環状イミンならびにインドール誘導体が高収率かつ高選択的に得られることを見出した。本反応は、高価なアミノアルキン類を用いることなく、安価なアミノアルケン類から環状イミン類、およびインドール類を直接合成する有機合成上、極めて有用な反応である。次に、従来、硫黄に代表されるカルコゲン原子化合物は、遷移金属錯体の触媒毒として作用することが知られていたが、我々は、ルテニウム錯体触媒(CpRuCl(cod)およびCpRuCl(PPh_3)_2,[Cp=cyclopentadienyl, cod=1,5-cyclooctadiene])を用いることにより、他の遷移金属錯体触媒では不可能であつた炭酸プロパルギル類を用いるチオール類の一般的なS-プロパルギル反応の最初の例を見出した。さらに、ルテニウム錯体を用いる水分子の活性化のモデルとして、我々が初めて合成したRu(η^6-cot)(dmfm)_2錯体(1)[cot=1,3,5-cyclooctatriene, dmfm=dimethyl fumarate]と過剰の水との反応を、dppe[dppe=1,2-bis(diphenylphosphino)ethane]存在下で検討した結果、水が配位した新規0価ルテニウム錯体Ru(dmfm)_2(dppe)(H_2O)(2)が良好な収率で得られることを見出した。錯体2の単結晶X線構造解析結果は、配位した水が2分子のdmfm配位子のカルボニル酸素原子との間に水素結合を有し、安定化されていることを示しており、この水素結合のために、錯体2が初めて単離可能となったことが明らかとなった。
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