密度汎関数理論およびホスト-ハートリー・フォック法を用いて遷移金属元素を含む動的錯体の構造と反応過程の理論的研究を行い、電子状態がどのように構造と反応性を支配しているかを明らかにした。多くの錯体とそれらの反応過程の理論的研究を行ったが、主な結果を以下に述べる。一つの重要な結果は、遷移金属元素と巨大π電子系との錯体の構造と結合性、結合エネルギーを理論的に検討した結果、DFT法では結合エネルギーが過小評価されること、中央部分にMP4(SDQ)法を、全体にMM法を用いるONIOM法が精度良く結合エネルギーを与えることを明らかと、これらの錯体について初めて信頼できる結合エネルギーを示した。その結果、コラニュレン、スマネンなどでは多くの金属錯体が合成可能なことを予言した。金属錯体が関与する反応としては、Ir錯体によるベンゼンの直接的ボリル化反応の反応過程の理論的研究を行い、反応はIr(III)トリスボリル錯体が活性種であり、これにベンゼンが酸化的付加し、その後、ボリルベンゼンが還元脱離することで進行する。重要な結果は触媒サイクルがIr(III)、Ir(V)中間体を含むことである。また、硫黄架橋W-Ru錯体による水素分子の活性化反応の理論的研究を行った。この錯体はヒドロゲナーゼのモデルとして興味あるものである。反応は水素分子の酸化的付加反応でなく、Ru-S部分によるヘテロリテイックな結合切断で進行することが示された。実際のヒドロゲナーゼでも水素分子はヘテロリテイックに切断されることが提案されており、本研究結果はこの錯体がヒドロゲナーゼの機能的なモデルにもなっていることを示している。
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