コムギは倍数化により進化してきたことを特徴とする。パンコムギは倍数化する際、異種間の異なるゲノムを組み合わせた(異質倍数性:ゲノム式AABBDD)。近縁な異なるゲノムが内包する遺伝子セットは基本的に同じであると考えられるが、互いに分化しているに違いない。また、異なるゲノムが雑種を形成した際、ゲノム構成が再編成され、新たな構造上の秩序が生じたものと推察される。ゲノムの新奇な組み合わせは新しい遺伝子発現パターンを生じる可能性がある。染色体セットを倍加することにより、ゲノムが安定化して新たな種が形成されると考えられる。倍数性によるこのような種形成は植物では一般的現象である。本研究は、倍数性コムギとその祖先種をモデルシステムとして、遺伝子の構造と環境に応答した遺伝子発現パターンをゲノム生物学的に解析する。また、新たに交雑により、人工倍数種を作成し、倍数化の過程における遺伝子構造と発現調節機構を分子遺伝学的に解析する。これらの解析により、植物ゲノムの倍数化による種形成の分子機構を研究する、ことを目的とする。 本年度は、倍数性コムギの栽培化の過程をゲノム科学的に解析するため、葉緑体DNA全体をイネ科植物において比較解析した。我々はパンコムギChinese Springの葉緑体DNAの全塩基配列を決定した(Ogihara et al. 2002)。この全塩基配列から106遺伝子を抽出し、葉緑体DNAの全塩基配列が決定されているイネ、トウモロコシの相当する遺伝子と塩基配列を比較解析した。イネは遺伝子の置換率が低いことが判明した。非同義置換が遺伝子の変異の主要なものであること、イネとコムギが相対的に近縁であることが判明した。これにより、イネ科の中での相対的な葉緑体遺伝子の置換率が推定できた。
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