研究課題
基盤研究(A)
金属などで構成される機械とは異なり、生物は実にしなやかに、そしてダイナミックに運動し、そのエネルギー効率は高い。これは、生体を構成する含水ゲル状物質が極めて特異的な超低摩擦性を発揮していることに依る。その最も良い例は生体関節軟骨である。軟骨は軟骨細胞と細胞外マトリックスから構成され、約70%の水を含むゲル状の物質である。軟骨にはマイナス電荷をもつ糖がたくさん結合しているため、イオン浸透圧が高く、高荷重に耐えながら、低い摩擦抵抗を示す。しかし、現在使用されている人工関節は、超高密度ポリエチレン・セラミックなどの固体材料で作られている。これらの人工関節は、生体軟骨の『含水構造』という大きな特徴を無視した造りであるため、その摩擦は生体関節のそれよりも数十倍大きい。しかも、変形性に乏しく、生体軟骨のような、衝撃吸収性がなく、摩擦界面に関節液(潤滑剤)を保持する能力も持ち合わせていない。人工関節素材に望まれる条件としては、非常に大きな負荷に耐えられる事はもちろん、摩擦係数が小さく、かつ磨耗しにくいことが挙げられる。しかし、これらすべての条件を充分に満足する素材の開発は非常に難しく、本来の構造とは掛け離れた素材で造り続けられているのが現状である。高分子ゲルは多量の溶媒を含みつつもその形状を維持できる、生体軟骨と同様の含水物質である。本研究はゲルの表面は生体軟骨並の非常に小さな滑り摩擦抵抗を示すことを見出した。また、通常のゲルは機械的強度に乏しく脆いが、圧縮強度が数MPaという、人工関節軟骨に匹敵する強度と柔軟性を兼ね備えたハイドロゲルの合成に成功した。さらに、本研究は低摩擦と高強度特性を併せ持ったゲルの創製を実現し、それによって、初めて人間の膝関節と同等の荷重・滑り速度での摩擦研究が可能となった。本研究によって、これまでの生理学・組織学的研究では謎であった関節軟骨を構成するコラーゲンやアグリカンのもつブラシ状の分子構造や、それらが帯びる電荷の意味を、潤滑効果を生じるものとして物理化学的に明確に説明した。本研究で得られる知見は組織の運動や変形挙動をとり入れた人工関節や人工臓器など次世代人工医療機器を創製する重要な戦略指針を与える。ゲル表面の水和潤滑・摩擦の研究は、高分子ゲルの表面科学という新たな研究領域を開拓したと言える。
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