研究概要 |
H^+-ATP合成酵素は生体膜に形成される電気化学ポテンシャルを用いてATPを合成する重要な酵素である。本酵素は回転触媒を行うという特異の性質を持つ。この酵素は水相に存在するF_1ドメインと膜中に存在するF_0ドメインからなる。本研究では、の回転のキーをなすβサブユニットのリガンド結合による構造変化の実態解明とサブユニットcの構造解析を中心に進めた。βサブユニットは分子量5万のため、標識部位が異なる4種の区分標識体を作成して主鎖シグナルの90%を帰属した。帰属したCα,Cβ,C',Nの化学シフト値からTALOSを用いて2次構造を推定し、ADPを加えた時に起こる化学シフト値の変化からおおよその構造変化領域を特定した。さらにN末端およびC末端のみが標識されているもので残余双極子相互作用(RDC)をそれぞれについて測定し、N末端とC末端の相対配置の決定を試みた。2次構造予測、化学シフト摂動の結果からこれらの領域は固い構造をとっていてヌクレオチドに対する影響もない部分である。RDCを使って計算した結果、N末端とC末端の相対配置はADPがある場合ではopen、ない場合ではclosedに近い結果が得られた。以上よりβサブユニットは単体のみでもα_3β_3γ複合体で見られたようなopenからclosedへの構造変化を起こすことが示唆された。このことからリガンド結合によって引き起こされるβサブユニットの構造変化はF_1の回転の駆動力になりうることが明らかになった。さらに、H^+-ATP合成酵素の膜に埋まっている部分であるF_0ドメインを構成するcサブユニットの^<13>C,^<15>N均一標識試料を得て、有機溶媒中での構造決定を行った。およびその固体構造についても固体NMRで解析を行い、二次構造についての情報を得た。この結果はc-ringの回転メカニズム解明に重要な示唆を与えるものである。
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