研究概要 |
意味論を理論構築に際しての参照点とすることによって,言語理論の中で措定されるモジュールの存否と関係性について考察を深めることを目的とするこのプロジェクトでは,今年度の研究において,二つの新たな方向性を見いだした。一つは,具体的な言語現象として,談話と文法の接点にある現象への研究の集中と深化である。もう一つは,こうして分担者の間で統一的な理解として姿を現しつつある枠組が,全体として認知機能の全体に関する諸理論とどのような関連があるかという問題への展開である。 言語現象のレベルでは,情報構造を考察対象の中心に据えることで,意味論-統語論インターフェイス,意味論-実用論インターフェイスについて独自の視点を見いだす努力を続けた。検討の中心になったのは,前提,トピック,フォーカス,冠詞,(不)定性などである。本プロジェクトでは,統語モジュールの自律性を必ずしも前提とせずに問題を扱っている。範疇文法,HPSG,機能文法と談話意味論を考察の出発点として,各現象の探求に当たった。これらの理論のもとでは,文の解析と解釈の関係は一義的でないということはできないが,不特定化しておく可能性がある。本プロジェクトの目的から見ると,問題はこの不特定化を何のために活用し,その目的のために不特定化を有効に活用するための理論的枠組として何が最適であるかを決定することであろう。分担者の間での合意はほぼ出来上がり,コア・グラマーの作成すら,最終年度である来年度の展望に含まれてきた。 他方,我々の構想する文法と言語理論が認知機能の全体に関する諸理論とどのような関連があるかという問題は,もちろん現在の言語学の自己認識からは分野外の問題であるが,意味論を中心とすることを標傍する本プロジェクトで,認知言語学でと同じく検討の視野に入ってくることは,自然なことであろう。ケルン大学Bernd Heine教授を招待して文法化についての講演,議論を行ったように,この問題領域では,通時,共時の方法論的区別は早熟だというのが,我々の目下の判断である。共時的な側面だけに着目するとしても,文化,社会と認知の相互依存性と認知内部での言語処理の双方が取り上げられるべきである。前者に属するものに,森,藤波,藤井の研究があり,とくに藤波は意味処理の前提として身体あるいは感性に基づく分節化が存在することに着目し,舞踊とその熟達の研究を進めている。後者に属するものに「二重埋め込み文と左枝分かれ文の差異」に着目して,事象関連電位も用いて記憶と言語処理の関係を扱った吉本の研究がある。
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