本研究の目的は、走査型トンネル顕微鏡(STM)の発光による個々の固体表面吸着原子・分子種の同定法の開発にある。過去の研究から予め吸着物性のわかっている原子もしくは分子種を固体表面に吸着する。STMの通常の走査で、個々の吸着種をイメージし、その上に探針を固定して原子位置分解能でSTM発光スペクトルを計測する。既知の吸着物性と計測された発光スペクトルを比較することにより、発光スペクトルに反映される吸着種の物性を明らかにする。このような知見を多くの吸着種に対して蓄積することにより、STM発光スペクトル計測から吸着種を同定することが可能になる。 平成16年度は主に吸着分子種からのSTM発光を研究した。Cu(110)、Ni(110)、Pt(110)の各基板に吸着したCO分子の発光スペクトルは、基板が異なっても、統一した特徴を有することがわかった。すなわち、スペクトル中の微細構造のエネルギー間隔は、これらの基板に吸着したCO分子の伸縮振動エネルギーと一致した。現在、伸縮振動エネルギーが発光スペクトルの微細構造として現れる物理的機構を解明するための調査・研究を行っている。高配向熱グラファイト(HOPG)上に吸着したErythrosin B分子(発光性色素の種)からのSTM発光を観測した。STM像からErythrosin B単一分子であると判断される構造からのSTM発光スペクトルは、従来報告されている会合体を形成していない分子(溶媒中に均一に希釈された分子)のフォトルミネッセンス・スペクトルと一致した。STM像で2個以上の分子が会合した構造(会合体)からのスペクトルは、単一分子からの発光スペクトルに対してレッドシフトを示した。解析はこれからであるが、吸着分子が単独で吸着しているか、会合体として吸着しているかをイメージとして識別できるのはSTMだけである。STM発光が単一分子分光のための極めて有効な手段であることがわかった。
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