本研究の目的は、吸着種の直上に探針を固定したときに観測される走査型トンネル顕微鏡(STM)発光スペクトルから吸着種の同定を可能にすることであった。そのために、いろいろな吸着種(酸素原子、水素原子、一酸化炭素分子、ローダミン分子等)について、吸着種の特性(電子状態、振動エネルギー等)がSTM発光スペクトル中にどのように反映されるかを研究してきた。平成15年度には吸着種の振動エネルギーが発光スペクトル中に反映されることを発見した。各吸着種は特有の振動エネルギーを有するので、吸着種の振動エネルギー計測(振動分光)は、吸着種同定のためによく用いられている。STM発光で個々の吸着種の振動分光が可能になることを発見したことは、本研究プロジェクトでの最大の成果である。今年度は、トンネル電子により試料-探針間隙に励起される局在プラズモン強度が大きく異なるタングステンと銀の探針を用いて同じ試料系に対してSTM発光実験を行った。その結果、(1)トンネル電子に加えて局在プラズモンも吸着種の振動を励起すること、(2)どちらで励起されるかにより、発光スペクトルへの振動エネルギーの反映のされ方が異なること、を見いだした。この知見に基づき、平成15年度に計測した一酸化炭素の発光スペクトル中の微細構造を解釈することができた。また、銀探針を用いて孤立エリスロシン分子のSTM発光分光を行った。タングステン探針の場合よりも10倍程度発光強度が増倍されることと、STMの誘電関数理論により発光スペクトル形状に対する探針材質の誘電応答的な影響を除去できること、を見いだした。
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