研究概要 |
常温常圧における水銀は、ガラスなどに濡れない物質の典型例である。しかし、気体-液体臨界点(1478℃、167MPa)近傍の高温高圧下においては、水銀もサファイア基板に濡れ、しかも形成された濡れ相の厚みがある温度圧力で不連続に変化することが、1996年に本研究の代表者の八尾によって発見された。これは前駆濡れ転移(prewetting transition)と呼ばれる一次相転移現象である。本研究では、サファイア基板上の水銀濡れ層を研究対象に取り上げ、前駆濡れ臨界点近傍での静的および動的ゆらきについて、世界で初めての研究を試みた。 まず、界面の静的な揺らぎを、熱輻射強度測定により観測した。この方法は、熱輻射強度が、試料表面の反射率や散漫散乱の情報を含むこと(Kirchhoffの法則)を利用するもので、本系のような高温試料に対しては極めて有効である。実際に観測される熱輻射強度には、水銀濡れ層からの寄与の他に、試料の周辺物質からの寄与も含まれるが、我々は光学測定システムを工夫することにより、界面揺らぎのみからの光散乱強度を抽出することに成功した。その結果、界面平行方向の密度揺らぎ相関長が数百nmにも達することを見出した。 前駆濡れ臨界現象の動的側面については、サブ・マイクロ秒より長い時間スケールでの測定が可能な動的光散乱装置の立ち上げを行った。この装置を用いて得られた光散乱強度の自己相関関数は、指数関数型の緩和を示すhomodyne項(緩和速度2Γ)に振動減衰型のheterodyne項(緩和速度Γ,振動数ω)を加えた形の関数により、良くフィットされる。これは表面波の特徴を表しており、水銀濡れ層に生じた表面波によって光が散乱されていることを示唆するものである。さらに、気-液共存線(LG)から低圧側の前駆濡れ転移温度(PW)に近づくとき、全体的な傾向としてはΓとωが共に急速に大きくなるが、前駆濡れ臨界点近傍では逆に小さくなることが観測された。このように、二次元流体水銀の静的及び動的臨界揺らぎを直接観測するという本研究の目的は完全に達せられたものと考えられる。
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