本年度は、以下の2つの研究テーマを実施した。これらの研究は、Dirac型の電子相関理論の基礎となる基底関数形の開発と、応用面を拡張するために実施した相対論的効果に関連するNMR化学シフトの研究である。 (1)Dirac-Fock-Roothaan方程式のための基底関数の開発 電子相関理論の基になるDirac-Fock法のエネルギーは特殊な基底関数依存性を示すため、この問題を解決する必要がある。小成分の基底関数が悪いとDirac-Fock-Roothaan法は変分崩壊を起こし、それを除々に改良するとエネルギーは上昇しながら厳密解エネルギーに接近する。これを回避するには大きな基底関数系が必要である。我々はatomic balanceを満たす基底関数系を使うことによって、変分崩壊を起こさない適正なサイズの基底関数系を開発する可能性を示した。 (2)Fe(III)-ポルフィリンの基底・励起状態と常磁性シフト 昨年は、Fe(III)-porphyrin-bincyanide(-)の電子状態をSAC-CI法で計算し、基底及び励起状態でのNMR化学シフトの計算を実施し、常磁性化学シフトの挙動がスピン伝達機構により合理的に説明できることを示した。本年は、ポルフィリン環に置換基を導入したFe(III)-porphyrin-biscyanide(-)錯体やFe(III)-porphyrin-cyanide-Imidazole錯体、Fe(III)-porphyrin-cyanide-Imidazolate(-)錯体の電子状態とNMR化学シフトを比較し、ポルフィリン環の歪み、及び、置換基の違いによって、各電子状態の相対的なエネルギーレベルが微妙に変化し、NMR化学シフトの大きな変化に寄与することを示した。
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