本研究は、自由空間中に孤立した少数の自由度を持つ気相クラスターを対象として、融解に代表される構造相転移を実験的に探究することを目指したものである。具体的には、レーザー分光によって構造変化に対応した振動運動のエネルギー準位構造を明らかにし、ポテンシャル超曲面のランドスケープを概観する、その上で、フェムト秒時間分解分光によって構造転移に伴う構成分子の運動を逐次追跡することを計画した。研究期間の3年間を通して、重要な対象を選択して実験的データを蓄積しつつ、新規な実験手法の開発を進め、下記のような成果を得た。 1)有機結晶のモデルと見なせるベンゼン多量体について質量選別共鳴イオン化法によって電子スペクトルの再検討を行い、6量体まではシャープな振電バンドが観測されるのに対して、7量体以上になるとブロードなスペクトルへと突然変化してしまうことを見出した。これは、多数の構造異性体もしくは極めて大きな構造揺らぎの存在を示唆し、構造転移運動のポテンシャル超曲面の形態が、クラスターサイズに依存して顕著に変化することを示す結果である。 2)アントラセン-アンモニアおよびベンゼン-水について、レーザー2重共鳴分光を適用することにより、微弱な分子間振動バンドを高感度で検出することに成功した。この結果は、構造転移を特徴付ける分子間ポテンシャルを高い精度で決定する上で、最も重要な実験的情報である。また、分子間振動バンド構造が、サイズに依存性して段階的な変化を示すことを見出した。 3)構造変移運動の実時間追跡を実現するために、広い適応性と高い安定性を有するフェムト秒時間分解分光法を開発し、様々な分子の振動および回転量子波束運動に適用することにより、その有用性を検証した。特に、メチル基の内部回転に関する波束を始めて観測した。
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