生体には鉄イオンを活性中心にもつ非ヘム酵素が数多く存在し、生命活動を支えている。これらの酵素の中で酸素分子を活性化して酸化反応を行う酵素は、その反応中に高酸化状態の反応中間体を生成すると考えられている。さまざまな研究の結果、この反応中間体は鉄5価オキソ錯体あるいは、鉄4価オキソ錯体であると考えられている。しかしこれまで多くの研究か行われてきたにもかかわらず、鉄5価オキソ錯体や鉄4価オキソ錯体を単離した報告はなく、またモデル錯体の合成例もなかった。我々は、高原子価状態を安定化する配位子としてサレン配位子に着目して、酵素反応中間体としての高原子価鉄オキソ錯体の合成、およびその反応性の解明をめざした。分子間相互作用によるオキソ配位子の分解を阻害するため、サレン配位子への立体障害の導入を検討した。メシチル基をサレン配位子に導入した結果、分子間相互作用が阻害できることがわかった。そこで、この新規サレン配位子を用いて、鉄錯体の合成を行った。その結果、5配位型鉄3価アクア錯体、ヒドロキシ錯体をサレンから初めて合成することができた。これらの錯体の構造を解析した結果、サレン配位子ではこれまでに報告のない三角両錐構造をとることがわかった。この構造は、カテコールを酸化する酵素の活性中心と類似することもわかった。さらに詳細な解析を行ったところ、この三角両錐構造は、アクア配位子の電子的効果による構造変化であることが明らかとなった。この結果は、カテコールを酸化する酵素においてもアクア配位子の効果であることを示した。この新規サレン錯体を-80度以下の低温で酸化すると緑色の中間体を生成する事かわかった。この錯体は、有機物を酸化することができ、高原子価鉄錯体であることを示した。現在、この緑色錯体の電子状態を解明している。
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