本研究年度には、様々な角度から成果が得られたが、その中で最も重要な成果について以下に報告する。ヒト細胞の悪性化に重要な寄与をする増幅遺伝子は、染色体外のDouble Minutes(DM)または、染色体上のHomogeneously Staining Region(HSR)に局在する。我々は前年度までの研究で、哺乳動物複製起点領域と、核マトリックス結合領域(MAR)を共に持つプラスミドは、がん細胞中で既存のDMに組み込まれたり、新規にプラスミド配列からなるDMやHSRを形成することを見いだした。本研究年度には、どのような機構により自律複製能をもつプラスミドが遺伝子増幅領域を形成するのかを解明した。すなわち、そのようなプラスミドは最初に、直列反復構造からなる大環状DNAとなり、それ自体が組み替えにより成長してDMを作る。さらに、このような大環状DNAは既存のDMあるいはHSRと組み替えをおこす。DMに組み込まれたプラスミド直列反復構造は見かけ上安定化するが、染色体に組み込まれると、その位置で高頻度に2本鎖切断を生じ、Breakage-Fusion-Bridge cycleを誘導して巨大なHSRを形成する。すなわち、HSRの形成頻度はプラスミド配列部分で2本鎖切断が生じる頻度を反映している。一方、哺乳動物複製起点領域からの想定される複製フォークが、選択に用いた薬剤耐性遺伝子からの転写と直接衝突するとHSR形成の頻度が例外なく大きく上昇した。このような衝突は、想定される衝突点にポリ(A)付加配列を配置することにより回避されたのみでなく、方向特異的な複製フォーク阻害配列を配置することにより、方向特異的に回避された。また、複製と転写の衝突点にMAR配列があるとHSRの形成が高頻度に誘導された。これらのことから、複製と転写の衝突がゲノム不安定性に寄与することが、高等真核生物で初めて示唆された。
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