化学合成共生系のモデル生物として富山湾に生息する有鬚動物のマシコヒゲムシ(Oligobrachia mashikoi)を材料としてその細胞内共生菌の分子系統解析を行った。その結果、この共生菌はこれまで報告のない新規種であるが、既知種の中ではメタン酸化細菌の一種が最近縁であることが分かった。ヒゲムシ類がメタン酸化細菌を体内共生させていることはヨーロッパで報告されていたがそれは生理・生化学的な根拠にもとづくもので、分子系統学的な根拠は本研究の報告が初めてである。さらに、この共生菌がCO_2固定酵素(ルビスコ)の遺伝子を有することも明らかにした。CO_2固定は光合成生物か化学合成独立栄養生物が行う代謝過程であり、メタン細菌はふつうCO_2固定を行わない。しかし、近年になって、メタン酸化とCO_2固定の両方を行うタイプX(エックス)という新しいカテゴリーのメタン酸化細菌の存在が知られるようになり、にわかに注目を集めている。本研究で調べたマシコヒゲムシ共生菌はこのタイプXメタン酸化細菌なのかもしれない。もしそうだとすると、従来の化学合成共生系における炭素(C)の由来に関する概念に変更を加えなければならなくなる。すなわち、CO_2(イオウ酸化細菌などの化学合成独立栄養生物)かCH_4(メタン酸化細菌)の2タイプが独立に存在し、稀に2つのタイプの共生菌が同じ宿主内に共存することがあるという従来の考え方から、CO_2もCH_4もどちらも同化するおそらく高効率の「タイプX共生系」も存在し得るという視点で、今後の生態調査を行う必要が生じたことになる。ヒゲムシ類は必ずしも熱水噴出域やメタン湧出帯という活動的な海底だけでなく、腐敗臭のするようなふつうのヘドロ海底にも広く生息すると想定される。このような広い分布はタイプX共生系に支えられているのかもしれない。
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