今年度はフェムト秒パルスレーザーによる光電流インパルス応答計測システムを完成させ、超格子内における高位サブバンド間キャリア輸送ダイナミクスを測定し、新規な高位準位を経由したキャリア輸送経路を発見するに至った。あわせて特殊なtype-II歪み量子井戸系、すなわち量子井戸マイクロチューブ構造を試作し、type-II量子井戸における基底準位であるX1準位に対する高位準位であるΓ1準位の振る舞いを静的な光励起による蛍光スペクトル測定を行うことによって測定し、以下の成果を得た。 GaAs/AIAs半導体超格子におけるバリア層に存在するX1準位はM.Hosoda等によってキャリア輸送ダイナミクスに重要な影響を及ぼすことが知られてきた。すなわち、電界印加下においては、量子井戸内のΓ1基底準位からバリア中の高位サブバンド準位であるX1サブバンドに電子がトラップされ、そこを経由した電子輸送が遅くなるために光電流インパルス応答の測定においては異常な遅れ電流成分が観測される。これまではこのX1準位にトラップされた電子がそこから抜け出す経路として、高位準位間のX1-Γ2輸送経路しか知られていなかったが、今回、我々は新規な高位準位間輸送経路であるX1-L1経路を発見した。すなわち、ある種のGaAs/AIAs超格子においては、隣り合う量子井戸間の電子輸送経路として、Γ1(0)-X1(1/2)-L1(1)-Γ1(1)といった輸送経路がある印加電圧から優勢となり、超格子中の電子輸送効率を高めることを発見した。なお、前記のサブバンド準位表記におけるカッコ内の数は超格子周期を表し、1は0の中心位置から1超格子周期離れた場所を示す。量子井戸における高位準位であるL点のキャリア輸送への影響はこれまで知られておらず、それを明確に示したのは世界初と思われる。なお、論文発表に関しては投稿を準備中である。 その他の成果として、量子井戸薄膜を、それをエピ成長した基盤より剥離し、その量子井戸薄膜を巻くことよって量子井戸マイクロチューブを作成し、その井戸内の高位サブバンド準位の振る舞いを測定することに成功した。その結果、通常、Type-II型となる狭い幅の量子井戸においてもマイクロチューブ形成時に生じる1軸性歪みにより、Type-I型への遷移が起こることを発見した。このような量子井戸マイクロチューブは新しい量子構造であり、今後、その性質を研究することは重要となろう。これらの成果は論文として数編が刊行された。
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