カイコの幼虫は桑しか食べようとしないが、その理由はまだよくわかっていない。カイコ幼虫の味覚器は、咽頭に存在するとともに、頭部の少腮と呼ばれる突起上に存在する。走査型電子顕微鏡を用いて、口器と味覚器の構造を細かく観察した結果、小腮は小腮肢と小腮粒状体から構成されていることがわかった。カイコ幼虫の小腮を加熱した白金耳で焼いたところ、カイコ幼虫が小松菜など桑以外の植物も齧るようになった。もちろん、小松菜を食べても消化できないので、カイコ幼虫は小松菜を餌に成長することはできなかった。小腮の食餌選択における役割をさらに調べるために、小腮肢と小腮粒状体をそれぞれ別々に1N塩酸で不活性化し、小松菜に対する食餌行動を調べた。その結果、小腮肢のみを不活性化しても、カイコ幼虫が小松菜を齧るようになることがわかった。そこで、カイコ幼虫の小腮肢の味覚応答を調べるために、電気生理学的実験を行った。即ち、ガラス微小電極に桑や小松菜などの水抽出液を入れ、小腮肢に密着させて電位変動を測定した。桑の水抽出液を与えた時には、小腮肢から検出される電位は殆ど変動しなかった。しかし、カイコ幼虫が食べない小松菜の水抽出液を与えると、5mVを超える大きな電位パルスが繰返し現れた。また、植物の薬によく含まれ昆虫が忌避することが知られているα-ピネンを与えたところ、さらに大きな電位パルスが検出され、そのパルス発生頻度は著しく増加した。さらに、小腮肢にナトリウム、カルシウムまたはカリウムのイオンチャネル阻害剤を塗布した後に小腮肢電位を測定したところ、いずれの場合にも電位パルスは発生せず、しかもカイコ幼虫は小松菜を齧るようになった。これらの結果から、カイコ幼虫が桑以外の植物の摂食を抑制する上で、小腮肢に存在する感覚ニューロンが重要な役割を果たしていることがわかった。
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