研究概要 |
地球温暖化にともない南方からの亜熱帯性害虫の侵入が危倶されている。こうした現状を背景に、世界的な農業害虫オオタバコガHelicoverpa armigeraが温帯日本へ侵入、定着する可能性について、それに関わる休眠性に着目し、表現型発現や遺伝子発現の地理的変異を探索しようと試みた。既に温帯個体群が定着しているならば国内で採集される個体群間に休眠発現の地理的傾向が検出されるはずである。 短日条件下で休眠反応がより強く誘導されるという傾向が昆虫全般において知られている。実験室内で各地のオオタバコガ個体群を休眠させ、その休眠臨界日長(休眠率50%を示す日長)を比較したが、その反応が雌雄で異なるという結果が観察され、単純な日長反応からは本種の定着の可能性が議論できないことが示唆された(Shimizu & Fujisaki,2002)。しかし、本種温帯個体群が有する休眠は越冬の際には有効で、体内代謝産物のトレハロースの蓄積が低温耐性に重要な役割を果たすことが明らかとなった(Izumi et al.,2005)。 温帯起源の近縁種タバコガとの比較により、オオタバコガの休眠誘導には日長が短縮していく過程や温度が低下していく過程がより重要な刺激となっている可能性が示唆されたため、変温変日長刺激に対する休眠反応を調べた。その結果、変温変日長に反応して休眠を誘導する特性は温帯個体群でのみ観察され、沖縄の亜熱帯個体群では短日条件下で低温が長く続いたときに休眠することが分かった。温帯特有の厳冬に対する休眠誘導が進化していることが明らかとなった。 変温変日長刺激を感受する発育段階の特定が困難であったため、休眠遺伝子の発現は今後の課題となった。しかし、本種の休眠誘導に低温が必要であること、晩秋の低温が越冬前死亡の最大要因であることが判明し、翌年の越冬世代の発生予察が可能となったことは応用場面においても重要である。
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