鉄は全ての生物において必須な金属原子であるが、近年、水中の鉄濃度が微細藻類の消長に強く関わっているとして微細藻類の鉄獲得機構が注目されている。鉄欠乏下において細菌やカビ類はシデロフォアと呼ばれる強力な低分子キレーターを放出し、その鉄錯体を特異的レセプターから細胞内に取り込む機構を備えている。原核生物である藍藻類は、酸素発生型の光合成以外に鉄酵素nitrogenaseを用いて窒素固定も行うため、過剰の鉄が必要とされる。藍藻類もシデロフォアによる鉄獲得機構を備えるとの報告が過去に数例あり、湖沼での藍藻ブルーム形成の一因は、シデロフォアによる鉄の独占によるとの推測もなされている。しかしながら、単離・構造決定された藍藻シデロフォアは僅か一例のみであり、藍藻種間のシデロフォア産生能に関しても統一的な報告はない。またシデロフォア自身は金属過剰症への対症薬剤として使用されており、薬理学の面からも新規シデロフォアの知見は重要である。これらの観点から藍藻類のシデロフォア産生能の評価およびその化学的性状に関する研究を行った。 ブルームに関わる淡水産藍藻種を中心に41株の藍藻類を鉄欠乏下で培養し、それらのシデロフォア産生能をCAS法による鉄キレート活性によって評価した。その結果、ブルーム形成の代表種であるMicrocystis aeruginosa、Oscillatoria agardhiiは予想に反して産生活性を全く示さなかった。また単細胞性のSynechocystis sp.、Synechococcus leopoliensisも同様に活性を示さなかった。一方、Anabaena cylindrica、A.variabilis、Nostoc sp.、Scytonema hofmanni、Fischerella ambigua、Calothrix brevissima等の窒素固定能力をもつヘテロシスト形成糸状性藍藻は強力なシデロフォア産生活性を示した。また嫌気的条件下のみで窒素固定を行うとされるPlectonema boryanum等のヘテロシスト不形成糸状性藍藻の一部も活性を示した。これはシデロフォア産生能力がブルーム形成と関係がないことを示すと同時に、窒素固定能力との強い相関を示唆するものであった。
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