脳は生体のエネルギーレベルを感じ取り、摂食行動、エネルギー代謝、生殖機能を制御している。申請者らは、生体の血糖値が延髄付近の脳室上衣細胞によって感知され、特異的な神経経路により、上記の生体機能を制御していることを発見した。またこれまでの実験から、脳は血糖値ばかりでなく、遊離脂肪酸やケトン体など、他のエネルギー基質をも包括的に感知していると考えられる。また、ニューロンではない上衣細胞が脳脊髄液中のグルコース濃度を感知した後、どのようにその情報をニューロンへと伝えているかについてはまだ明らかでない。本研究では、延髄付近による上衣細胞が、グルコース、遊離脂肪酸、ケトン体の濃度をすべて感じ取り、それらの情報を細胞内ATPレベルに置き換えることで、エネルギーレベルを包括的に感知しており、さらにこのATPが細胞外へと放出され、直接神経伝達物質として次のニューロンに情報を伝達している、という仮説を証明することを目的とした。 1.第4脳室壁上衣細胞におけるエネルギーセンシングメカニズム 上衣細胞の培養系を用い、培養液中のグルコース濃度、または脂肪酸濃度を変化させたところ、細胞内カルシウム濃度の上昇が観察され、上衣細胞がグルコースと脂肪酸の両方を感知している可能性が示された。また、脂肪酸β酸化阻害剤であるMAの脳室内投与が用量依存的にLH分泌を抑制したことから、脂肪酸や血糖値が脳で感知され、統合されて摂食あるいは生殖を制御している可能性が示された。 2.上衣細胞からの情報伝達に関する実験 単離した第4脳室壁上衣細胞を用い、培養液内のグルコース濃度を変化させたところ、培養液中へのATP放出が増加した。さらに、in vivo実験系で第4脳室にP2X受容体の拮抗剤であるPPADSを投与したところ、LH分泌が抑制され、血糖値の増加が観察された。第4脳室を含む脳の切片をP2X受容体の抗体を用いて免疫染色したところ、最後野においてP2X受容体陽性のカテコールアミン作動性神経細胞が発見された。以上から、血糖値に応じた上衣細胞内でのATPレベルの変化は、放出量に置き換えられ、放出されたATPが神経伝達物質として働いて近傍のカテコールアミンニューロンに情報を伝達している可能性が示唆された。
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