細胞の成長および増殖には、それを支える栄養状態の感知が必須であり、これに応じて蛋白質合成を開始するか否かの決定がなされる。出芽酵母を用いた分子遺伝学的研究はこの重要な決定に関わる経路を明らかにしてきた。ひとつはアミノ酸欠乏ストレスに応答して翻訳開始コドンに作用するeIF2alphaをリン酸化し翻訳を全般的に抑制するGCN経路であり、もう一方は一方で十分な栄養が存在下でキャップに作用するeIF4Fの分子集合を促進するTOR経路である。我々はTOR経路がGCN経路の中心に位置するGCN2を負に制御すること、以前に見い出したGIドメイン蛋白質であるImpactファミリーがGCN経路の負の入力系として機能し得ることを示してきた。 これらの経緯を踏まえて本申請では、GCN経路とTOR経路のクロストークの分子機構の解明を目的に研究を展開した。その結果、 1)TOR経路はGCN2のSer-577のリン酸化を起こすこと、 2)Ser-577のリン酸化は、GCN2とその活性化因子であるtRNAとの親和性を低下させることによって、GCN2を負に制御すること、 3)Ser-577のリン酸化は、炭素源飢餓刺激のGCN経路への伝達にも関与していること、 を明らかにした。 また比較ゲノム解析の結果から、Ser-577を含む領域が種によっては欠落していることを見出した。このいわばTORシグナル受容ドメインの有無によって両経路のクロストークに多様な方式があることが示唆された。 一方で我々は、TORの下流にあるとされてきたeIF4E結合蛋白質EAP1が、TORの特異的阻害剤であるラパマイシンによるGCN経路の活性化が惹起するGCN4の翻訳を特異的に阻害する現象を見出し、これもTOR経路とGCN経路の別の接点として研究を進めた。その結果、この阻害にはEAP1の唯一の既知機能であるeIF4Eとの相互作用は必要とされず、それ以外のドメインがこれを担うことが分かった。現在、この新規機能を担うドメインのマッピングと詳細な分子機構の解明を進めている。
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