研究概要 |
細胞抗原レセプターとβ1インテグリンを介した2つのシグナル伝達系と細胞骨格を制御すると考えられているWiskott-Aldrich症候群(WAS)の原因遺伝子WAS蛋白(WASP)遺伝子がコードするWASPとの関連を明らかにすることにより,免疫不全症に関わる細胞骨格調節異常の分子機構を解明することを目的とした。細胞形態や細胞運動に密接に関連する接着分子β1-インテグリンの活性化には,細胞骨格(F-アクチン)の重合化が必要であると云う最近の報告に着目し,WAS患者由来Bリンパ芽球様細胞株を用いて予備的な実験を行った.すなわち正常ヒトおよびWAS患者由来株化B細胞を用い、固相化フィプロネクチン刺激によるbeta1-インテグリンシグナル伝達系の機能をアダプター分子Casのチロシンリン酸化を検出することにより解析したところ、2例のWAS患者由来株化B細胞において、Cas分子のチロシンリン酸化が減弱していることを見い出した。この結果はbeta1-インテグリンにおけるシグナル伝達においてWASP分子が関与する可能性を示唆していると思われた。次に白血病患者由来T細胞株L-KAWを用いて固相化フィプロネクチン刺激後のWASP分子のチロシンリン酸化を検討した。免疫沈降のための抗WASP抗体は筆者らが開発したマウス単クローン抗体5A5を用いた。刺激後1〜2分にかけてWASP分子のチロシンリン酸化が観察された。この結果はbeta1-インテグリンを介したシグナル伝達においてWASP分子が関与する可能性を支持していた。そこでさらにbeta1-インテグリン(CD29)抗体4B4を固相化し、L-KAW細胞を用いて同様の実験を行なったところ、刺激後2〜5分にかけてWASP分子のチロシンリン酸化が観察された。次にアクチン重合が障害されているとされるWAS細胞に擬する目的で、同じ実験系にアクチン重合を阻害するとされるサイトカラシンB(CB)を添加したところ、これらのWASP分子のチロシンリン酸化が完全に抑制されることを見い出した。このことはWASP分子のチロシンリン酸化にはアクチン重合が必要であるということを示しており、従来報告されてきたシグナル伝達系とは逆方向のシグナル伝達が存在する可能性を示唆している。同様の実験系にわいて、β1-インテグリンシグナル伝達系のアダプター分子Casのチロシンリン酸化についても検討したところ、CBを添加した系では、Casのチロシンリン酸化は認められなかった。以上の結果はWAS患者におけるT細胞の機能異常に近似した現象ではないかと考えられ、細胞骨格調節異常が免疫不全症の発症機構に関与することを示唆する貴重な実験結果であると思われた。まだ予備的な実験結果の段階ではあるが、beta1-インテグリンを介したシグナル伝達系とWASPをはじめとする細胞骨格系との連繋の可能性が示唆され、細胞骨格調節異常が免疫不全症の発症機構に関与することを解明する糸口になるものと思われた。
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