研究概要 |
腎臓におけるNa代謝は体液の恒常性や血圧をコントロールする上で最も重要な役割を担っている。腎臓におけるNa代謝のなかで重要な働きをしているのが上皮性Naチャネル(ENaC)である。このENaCは原発性アルドステロン症やLiddle症候群、ネフローゼ症候群や肝硬変に伴う浮腫などNa代謝異常や高血圧を引き起こす病態において関与していることが知られている。ENaCの活性はレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系やADHなどのホルモンにより厳密にコントロールされていることが知られているが、分子生物学的なENaCの活性化機構については未だ不明な点が多い。1997年にはある種のセリンプロテアーゼがENaCを活性化するという全く新しい機序による活性調節の報告がなされている。1998年に私たちはラット腎臓よりプロスタシンというセリンプロテアーゼのcDNAクローニングに成功した。プロスタシンは腎尿細管上皮細胞の管腔側に発現し、尿中にも検出されることが分かっている。これらの事実に基づき私たちはプロスタシンがENaCを活性化するという仮説をたて、アフリカツメガエルの卵母細胞にENaCとプロスタシンを発現させることにより、プロスタシンがENaCを活性化することを世界で初めて証明した(J.Am.Soc.Nephrol.,12:1114-1121,2001)。また、私たちはNa代謝を調節するホルモンの中で最も重要なアルドステロンがプロスタシンの発現を調節していることも明らかにしている。アルドステロン投与によりマウス腎尿細管培養細胞では培養上清中にプロスタシンの分泌が増加し、ラットにおいては尿中へのプロスタシン分泌が増加した。さらに原発性アルドステロン症患者の尿中プロスタシンが健常者に比して著増しており、副腎腺腫摘出術により正常化することも世界に先駆けて明らかにした(J.Clin.Invest.,2002)。これらの結果からプロスタシンが生体におけるENaCを介したNa代謝に重要な働きをしていることは容易に想定される。 また最近卵巣癌組織においてプロスタシンの発現が亢進していること、血清中のプロスタシン濃度が単独またはCA125と組み合わせることで有用な卵巣癌のマーカーになることが報告され、腫瘍の発生にもプロスタシンが関与している可能性が示唆された。しかしながら、プロスタシンの生体における役割および各種病態における関与を直接的に個体レベルで解明した研究は知られていない。 本研究の目的はプロスタシンを過剰発現させたトランスジェニックマウスを作成し、プロスタシンの高血圧・Na代謝における役割および腫瘍発生における関与を個体レベルで解析することにある。
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