軽水炉炉内構造材料であるSUS304オーステナイトステンレス鋼では中性子照射下において粒界およびその近傍においてCrやNiの偏析が起こることが知られている。このような局部的な化学組成の変化によって表両腐食が起こり、その局部腐食により粒界き裂発生につながり、ひいては応力腐食割れを引き起こす可能性がある。しかし粒界近傍のこのような非常に狭い領域の粒界偏析は粒子線照射下でしか発生しないために、その腐食の挙動への影響については十分明かにはされていなかった。本研究では、金属中において表面から数ミクロン程度の深さにまで均一に照射損傷を導入可能な1MeVの水素イオンを用いて、SUS304に照射量や照射温度をパラメータとして変えて照射することで、粒界において偏析量・偏析幅の異なる試料を作製した。これらの試料に対して電気化学的再活性化浩により表面腐食の程度を定量的に評価することにより、原子炉内でおこる照射誘起偏析によると考えられている照射誘起応力腐食割れにおけるき裂発生のメカニズムを考察する手法を開発することを目的として行った。 300℃で水素イオン照射した溶体化SUS304オーステナイトステンレス鋼の試料表面に対してEPR試験を行うと、試料表面に形成される不働態皮膜は孔食によって侵食される。本研究の照射条件の中では、水素イオン照射材の結晶粒界の腐食挙動評価は500℃照射材においてのみ可能であった。500℃、0.1dpa照射材における結晶粒界近傍のRISによるCr濃度希薄帯幅は約70nmであった。粒界近傍のCr濃度の低下は400℃照射材においても確認されているが、その粒界腐食はSEMでは明瞭に観察されることはなかった。このことから、粒界腐食を起すためには粒界近傍のCr濃度希薄帯幅が約70nm以上必要となることが示唆された。また、腐食の形態と照射誘起偏析の結果を検討した結果、300℃、400℃照射材と500℃照射材の腐食形態の違いについて、粒内の耐食性と粒界の耐食性のバランスによって、それぞれ異なる腐食メカニズムが支配的となるためと結論した。以上のことより、加速器による水素イオン照射を用いてオーステナイトステンレス鋼の中性子照射によって引き起こされる腐食の挙動を評価するために有効な研究手法が開発されたと結論付けられた。
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