研究概要 |
平成14年度には一分子観察用の顕微鏡を導入し,一応,実験装置の組み立てをすることが出来た. 平成15年度には高速ビデオも導入して,ATPの加水分解の自由エネルギーを変化させて回転のステップを見る実験を行えた. 平成16年度は実験結果,すなわちF1-ATPaseが溶液の粘性抵抗に対してビーズをステップ回転させるとき,入力であるATPの加水分解の自由エネルギーを下げていってもステップ回転の各動作において溶液に散逸されるエネルギーにはその影響が出ないこと,を理論的な立場から考察した,理論的な考察の結果,溶液の粘性抵抗に対して行われる運動は熱力学的には仕事ではなく,散逸する熱と見なされるべきものであることが結論された.さらに運動論的な仕事,すなわち「力×距離」はブラウン運動レベルのミクロな階層にたつと,熱力学的な仕事とは異なり,一分子観察の階層での熱力学的仕事は,平均速度で計算されなければならないことが明らかになった.この場合,入力の自由エネルギーと出力の自由エネルギーが釣り合うとすれば,それは個々のATPの加水分解時に得られるエネルギーとステップ運動のエネルギーの釣り合いではなく,それらのイベントが起こる頻度の釣り合いによって決まってくることが結論された.これは自由エネルギーの統計的性質を如実に表すものであり,実験の階層と熱力学の理論の階層との違いをはっきり意識させる初めての結果である. さらにこれらの結果をふまえて,いわゆるラチェットモデルを改良して入出力の自由エネルギーを明確に定義して逆反応をシームレスに記述できるものを考案した. その他に,変異体(βE190D)や蛍光性のATPアナログを用いた研究によりATPの結合から加水分解に至る化学反応の過程がどのように回転運動と結びついているかについての重要な知見を得ることが出来た.
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