チトクロム酸化酵素は、ミトコンドリア内膜や細菌細胞膜に存在し、分子状酸素(O_2)を水に還元する反応と共役させて膜系の内側から外側に向けてプロトンをベクトル輸送するイオンポンプである。本研究ではアミノ酸置換変異の導入、大量精製などの長所を備えた大腸菌呼吸鎖電子伝達系の膜超分子複合体に着目し、キノール酸化酵素の一種であるチトクロムboがユビキノンの酸化還元を利用して、プロトンが細胞膜を横切ってベクトル輸送する仕組みをタンパク質の動態として解明することを目的として、その鍵となるアミノ酸残基の置換変異が分子内電子移動に及ぼす影響をパルスラジオリシス法で検討した。 ヘムbからヘムoへの電子移動速度は用いた変異体により大きく変化することが分かった。Dチャネルの変異体D135NおよびE286Dは野生型とほぼ変わらない値を示した。Dチャネルはヘム鉄が分子状酸素を還元する際に生成するフェリル中間体の生成と崩壊の各過程で2個のポンププロトンに輸送されると報告されており、この結果はDチャネルがヘムb-o間の電子移動に直接関与していないという従来の報告と矛盾しない。それに対して、最も影響を受けたのはヘム周辺のHis333およびTyr288を置換した酵素であった。これらはCu_Bの欠失、ヘムoのヘムbへの置換、ヘムoの酸化還元電位の変化によると考えられる。しかし、ここで最も注目したいのはヘムから離れた位置にあるKチャネルの変異体であるK362Qでは一桁近く遅くなることが分かった。ヘム間の固有の電移動速度は、ほとんど変らないと考えられるが、この変異体K362Qの酸化還元電位も大きく変化することが分かった。このことはKチャネルを介するプロトンの取り込みが電子移動速度のみならず、その酸化還元平衡を支配していることを示している。
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