本研究の目的は、脊椎動物の脳組織を構成する神経細胞の細胞系譜を解析し、幹細胞である神経上皮細胞における起源を明らかにしようというものである。本年度は、視床神経核の一つを構成するSox14発現神経細胞に注目して解析を行った。その結果、Sox14発現細胞は視床原基の腹側境界部に、基板から分泌されるソニックヘジホッグのシグナルによって規定されることがわかった。この際、高濃度のソニックヘジホッグの作用を必要とするため、基板に隣接した非常に狭い線状の部位でのみSox14の発現細胞が生じる。次に、胚発生学操作による細胞移動の阻害実験、および培養組織片を用いたエレクトロポレーション法による細胞のGFP標識によって、細胞の挙動をタイムラプス顕微鏡で経時観察を行い、その後のSox14発現領域の変化が、発現細胞の移動によってもたらされていることを明らかにした。すなわち、Sox14発現細胞は最初前方に向かって移動し、視床原基の前方境界で向きを90度変え、背側に向かって移動を開始する。さらに神経分化が進み、外套層の厚みが増してくると、Sox14発現神経細胞は軟膜側に位置することとなるが(放射状運動)、外套層が一定の厚みに達すると軟膜下を後方に向かって移動を開始する。このような移動様式はいわゆるtangential migration(水平運動)に該当するものであるが、興味深いことにleading processと呼ばれる突起は観察されなかった。最終的にSox14を発現する細胞は、視床神経核のうち最も外側に位置し、大型の主要な神経核の辺縁部を取り囲むように分布する神経核を構成することが示唆された。以上の観察は、神経上皮の特定の部位で形質決定された幼弱神経細胞が、特定経路を移動することにより、脳組織の特定の構成体に寄与することを示唆し、神経核構造の形成機構の基本原理となっている可能性が示された。以上の結果は二編の論文にまとめ、雑誌に投稿中、および投稿準備中である。また、相同組換え技術を利用して遺伝子発現に基づいた神経上皮細胞の系譜解析の準備もあわせて行った。
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