過去15年にわたり論争が繰り広げられた嗅覚のメカニズムの問題である「cAMP説とIP3説の論争」に大きな前進をつける実験を計画・実行し、「cAMPこそが嗅覚の幅広い匂い分子群すべての情報伝達を仲介する因子である」ことを主張した。この論文発表時には、同号に嗅覚の特集が組まれ、嗅覚研究の第一人者であるピーター・バリー教授(ニューサウスウェールズ大学・オーストラリア)による解説が付属され、さらに、ロックフェラー大学出版は、2003年度Noteworthy Article(1年間で12報が選出されています)の1つとして同論文をピックアップし、その事実を国際的に報道するというほどの評価を得ることとなった。 また、最新の研究成果では、これまで実験的に困難とされてきた課題、すなわち直径0.2ミクロンという微細嗅繊毛内における情報変換分子cAMPの実時間濃度測定を行ったものであり、これによって、嗅覚情報変換における信号増幅の様式が明らかになった。感覚細胞としては、すでに、視細胞で信号増幅の様式が非常に詳しく知られており、たった一つの光量子(photon)情報が酵素過程による信号増幅によって25万分子のcGMPを加水分解し、これによって視細胞が一光量子応答を生ずることが分かっている。嗅覚でも視細胞と同様のG蛋白介在性の情報変換が利用されているため、酵素系による信号増幅によって低濃度の匂いを感知すると一般的には考えられてきた。しかし、今回の実測値では、嗅覚細胞では最大の活性状態でも、cAMPの生成は細胞全体で20万分子/s程度であることがわかり、従来からの予想を覆す形となりました。結果がわかってみると、この低増幅の酵素システムは、ATP消費を最低限に抑えるという点で生体システムには合目的的であると言え、加えて、嗅細胞では、繊毛という微細構造体が大きな表面積/容量を持つことにより、わずかなセカンドメッセンジャー分子変化を増幅し、また、サードメッセンジャーとも呼ぶべきCaイオンが興奮性のClチャネルを開口することで更なる信号増幅を行うことも明らかになった。
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