第二次世界大戦中に用いられた血管造影剤トロトラスト(ト)は、自然α線放射性物質であり、注射後大半が肝に沈着し数十年して肝癌の発生をみる。ト症肝癌は組織学的に肝内胆管癌(ICC)が多いが、血管肉腫(AS)の相対リスクが最も高いことが知られている。ヘテロ接合性の消失(LOH)は癌抑制遺伝子の存在が推定されるゲノム部位に起こる。放射線発癌に特異的な遺伝子変異の存否を明らかにすべく、昨年に引き続き、ト症・非ト症ASにおいて、マイクロサテライトを利用して、解析可能な157ローカスについてLOHを解析中である。全体として、LOH頻度はトロトラスト症ASの方が非トロトラスト症に比して高く、大きい染色体で、しかも短腕よりも長腕に高い傾向がみられた。ASでは放射線の被ばくによる直接影響も発癌に関与している可能性が考えられるため、現在、ミトコンドリアDNAの欠失が被ばくと関係するかを検討し、ト症への応用を図っている。ト症発癌に被ばく後の肝細胞の反応が関与していると考えられるため、マウスを使用して、クッパー細胞と血管内皮に個別にα線照射し、発現変化する遺伝子をDNAアレイによって網羅的に検討した。その結果、細胞周期に関係する遺伝子の発現抑制がみられた。今までの結果から、放射線によって癌化する細胞と被ばくの標的細胞は異なり、複雑な生物反応の結果と考えられるが、ひとつずつ丁寧に解析し、放射線発がん機構を明らかにしたい。
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