研究概要 |
第二次世界大戦中に用いられた血管造影剤トロトラストは、自然α線放射性物質であり、注射後大半が肝に沈着し数十年して肝癌の発生をみる。トロトラスト被注入者(ト症)肝癌は組織学的に肝内胆管癌(ICC)が多いが、血管肉腫(AS)の相対リスクが最も高いことが知られている。ヘテロ接合性の消失(LOH)は癌抑制遺伝子の存在が推定されるゲノム部位に起こる。放射線発癌に特異的な遺伝子変異の存否を明らかにすべく、ト症(9例)・非ト症(12例)のASにおいてマイクロサテライトを利用して、168ローカス(25cM刻み)の包括的LOH解析を行い、ト症ICCと比較した。その結果、157ローカス(93%)においてLOHが解析可能であった。全体にLOH頻度はト症ASの方が非ト症に比して高く、大きい染色体で、しかも短腕よりも長腕に高い傾向がみられた。しかし、染色体19q,21q,22qにもLOH頻度は高かった。ト症ICCもASも投与後発癌までの潜伏期は約40年、トリウム沈着量は2m/g、集積線量は8Gyと両者に有意差は認めなかった。以上からト症ASはICCと発癌段階の数はほぼ等しく、共通の遺伝子変異も存在するが、ICCよりも強く、放射線の被ばくによる直接影響も発癌に関与している可能性が考えられる。染色体8qと13qにト症ICCとASに共通して高LOH頻度を認めるローカスが存在し、放射線発癌特異的な候補となる責任遺伝子を同定中である。また、ミトコンドリアDNAの欠失が被ばくと直接関係するかを検討し、ト症への応用を図っている。ト症発癌に被ばく後の肝細胞の反応が関与していると考えられるため、マウスを使用して、クッパー細胞と血管内皮に個別にα線照射し、発現変化する遺伝子をDNAアレイによって網羅的に検討した。その結果、細胞周期に関係する遺伝子の発現抑制がみられた。今までの結果から、放射線によって癌化する細胞と被ばくの標的細胞は異なり、放射線発癌は複雑な生物反応の結果と考えられる。
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