ヒトの大脳は、多くの機能で対側支配の機構をもっており、視野の右半分は、大脳左半球の第1次視覚野に投射される。運動制御においても、右手の制御を司るのは、左半球の第1次運動野である。このような視覚と運動の神経機構に対して、視野の左右を反転させる実験操作を長期間継続すると、どのような神経的変化が生じ、どのような知覚の変化が伴うのだろうか。この点を明らかにするために、5人の被験者に左右反転の逆さめがねを37日間、寝るとき以外はすべて連続装着する生活を求め、反転視野への適応経過を認知心理学と神経科学の手法を用いて測定した。 今回、いろいろな実験課題を被験者に課したなかで、最も注目したのは、右または左の半視野に提示した刺激に対する第1次視覚野の活動が対側から両側へと変化するかという点と、この神経的変化に対応する行動的に測定可能な知覚の変化があるのかという点であった。このために、ファンクショナルMRIによる脳活動の測定と、行動実験による知覚の測定を繰り返して適応経過を調べた。その結果、大多数の被験者において、半視野の刺激に対して両側の第1次視覚野が活動するようになり、両側の活動が出現する被験者では、その変化に先行して視覚と運動系の再体制化が生じるらしい行動的変化がみられた。第1次視覚野のレベルでは、大脳両半球間の神経連絡がほとんどないことから、半視野への刺激に対して通常の対側半球だけでなく同側半球の第1次視覚野もが活動するようになるためには、両半球間の連絡がある高次の脳部位からの投射が関与していると考えられ、今回の実験は、そのことを支持する結果であった。
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