研究概要 |
調査対象であるマラボン市の貧困地区は,元来,不法投棄が行われていたゴミ捨て場に立地していることもあって,1970年代から90年代初頭まで主導産業は廃品回収業であった。これは,二者間関係を固定化させ,慢性的貧困をもたらしていた。ところが,1991年の地方自治法改正によって廃品回収事業が首都圏から市町に委譲され,廃品回収作業に規制が加えられると,地域の廃品回収業は衰退の一途を辿り,他方,雇用条件が改善して貧困指標に著しい軽減がもたらされた。この変化には,活動規制が新規素材価格の下落やマクロ経済好転による労働市場条件の改善と時を同じくしたという偶然も作用しているが,地区内における水平的社会集団の形成と発展という現象が大きな役割を果たしている。すなわち,地区内における婚姻の繰り返しによる親族関係の連鎖の深化が,「コミュニティの出現」をもたらし,回収作業の規制政策が貧困緩和と環境保全に寄与するための条件整備に積極的役割を果たしたのである。本年度は,「コミュニティの出現」の時期を特定化するための包括的な親族関係調査に加えて,代表的家族についての,ライフヒストリー聞き取り調査を実施した。それは,既にアテネオ・デ・マニラ大学等で報告を行っているが,近々に公表される予定であるさらに,居住者は他の周辺貧困地区にも,血縁集団を広範に有し,一種の「血縁ベルト」(Kin Belts)を形成していることが発見された。この血縁ベルト仮説は,複数の離散した貧困地区における社会慣習の同質性を説明しうる新しい分析視点となりりる。定点観測を土台とする地域研究に,ある程度までの一般性が抽出可能であることを,この仮説は示しているからである。中西は,この仮説を例証するために,マラボン市の不法占拠者居住地区に加え,マニラ市内の旧Smokey Mountain住民1000世帯を対象とした追加的調査を行った。
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