研究概要 |
本年度は,コロンビアとフィリピンについて,都市貧困層が有する自立的なコミュニティ資源の形成過程の比較分析を行った。そこでは,「慢性的貧困」に直面しているという事実それ自体をきっかけとして,都市貧困層が親族・姻族関係の強化によってコミュニティが形成される過程と,同様なネットワークが広く都市貧困層全域に波及する過程のメカニズムが明らかになった。社会的諸条件に違いが見られるものの,両国の都市貧困層には,同様な社会階層間の流動性の欠如を源泉とする内向的なコミュニティの形成過程が観察される。地区内族内婚ないしは域内同類婚を通じて,広く薄い親族姻族ネットワークが形成され,貧困層はその資産を積極的に人間開発に活用している実態があきらかになったのである。 この分析結果は,貧困緩和政策に以下のような含意をもつ。まず,画一的スラム撤去に実効性が乏しかったのは,貧困層が有するネットワークへの配慮に欠けていたからである。古いスラムを撤去することは,形成して間もない新しいスラムの撤去との比較において,貧困層に与える影響が深刻であるばかりでなく実施にあたっての費用が大きい。この場合には,スラムに内在する親族姻族ネットワークを活用するのが望ましい。それは,二者間関係に依存しているために効率的な垂直的情報伝達機能を有してはいないが,より豊かなネットワークを有する少数のコア家族の情報網を活用することによって,援助伝達を効率化させることが可能である。さらに,両国の都市に広く観察される親族ベルトの存在は,都市低所得者層における文化や慣習の同質性の証左である。これは,都市貧困層の一部をターゲットとしたパイロット型援助や局所的定点観測による観察が貧困政策に重要な情報を提供しうることを示唆する。以上の研究成果は,オーストリアとフィリピンにおいてNakanishi(2004,2005)として,邦文では中西(2005)において公表されてきた。
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