本年度は、ギブソンによる知覚システムの分析とハイデガーの知覚世界論との関係を取り扱うための基礎研究を行なった。具体的には、両者の発想の源泉にまで遡って、その議論の基本構造を比較検討する作業を行なった。 (1)まず、ギブソンの「知覚システム」概念を、科学史的な観点から捉え直すことを試みた。そのためには、G.L.ウォールズの動物生理学的な視覚論『脊椎動物の視覚系と適応放散』を検討することが必要となった。そして、特に<脊椎動物の眼が発生する過程についての進化論的分析>と<眼が環境へと適応する過程について生態学的分析>の2点が、ギブソンの直接知覚論に強い影響を与えたことを確認した。 (2)次に、ハイデガーの「世界内存在」概念を、影響史的な観点から再検討することを試みた。すなわち、シェーラーを経由してハイデガーの「世界内存在」概念に影響を与えた、ユクスキュルの生態学的な「環境世界」論を分析した。その上で、ユクスキュルの「環境世界」概念が、19世紀の生理学者ヨハネス・ミュラーの「特殊神経エネルギー」説を動物の環境世界へ適用することによって成立していることを確認した。 (3)最後に、(1)(2)の研究成果を比較検討することを行なった。 以上の作業から明らかになったことは、ギブソンの知覚システム論とハイデガーの知覚世界論は、知覚を主体と環境との相互作用から捉える反表象主義的なアプローチを採用する点で類似性をもつものの、ミュラーの仮説に対する評価という点でまったく異なる要因に支配されている可能性がある、ということである。本年度の研究成果は「知覚の反表象主義-ギブソンとハイデガーを手がかりに-」として平成16年度中に公表される予定である。
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