本年度の研究計画の内、(1)障害者のコミュニケーションの在り方については、重度障害者施設での若干の経過観察及び資料調査による若干の進展があっただけだが、そうした中でも私がここ十年来提唱してきた「能力の共同性」という把握が重度障害者のコミュニケーション及びその存在自体の豊かさに繋がることは確認された。また研究計画の(2)障害者の存在意義を捉えた人間観・社会観については、『中部哲学会紀要』に公表した論文「生殖医療と倫理」---なおこの論文は前年度の中部哲学会シンポジウムでの私の報告内容でもある---で明示したように、現代においても優生学(特に商業的優生学)が出生前診断を嚆矢とする生殖医療の進展に大きく関わっているため、重度障害者が根幹においては排除の対象でしかないことが改めて実証された。なお、現在進められている新生児医療に関するガイドライン(積極的医療停止を含む)作りに関して意見を求められた際にも、本研究の成果を援用しながら、このガイドラインについても、死なせる論理と倫理の問題性を優生学の浸透の問題として把握すべきことを提唱した。加えて、研究計画の(3)の障害者倫理学の体系構想に確実な基礎を与える点については、単に重度障害者に限定して考察すべきではない、という観点から教育基本法改正問題や経団連の新ビジョンにも示されている新たな新自由主義的人間観を批判する中で、真に社会的弱者を含み得る議論(社会法的議論など)は社会・文化全体の健全な維持・発展にとっても意義深いことを、様々な側面から示した。
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