本研究の基礎となる康有為『大同書』訳注作成は、平成14年度「『大同書草稿』訳注(三)」同15年度「『大同書』草稿本訳注(四)」を発表、今後も継続する予定である。 大同思想の成立に関する研究成果は、論文として別冊の『研究成果報告書』に収めた。その概要は、(1)原典『礼記』礼運篇の大同思想(と小康思想)の成立に関しては、最新の考古学成果によって戦国初期の儒家に既に老子や墨子の思想を総合して儒家学説を提示する内容が見られるうえ、原典の礼運篇全体では小康思想を重視して大同思想の理想の高さを敬遠しているので、戦国儒家思想として位置付けられることを論証した。(2)伝統儒教は、小康思想をもって君主独裁体制に奉仕したが、黄宗義「両異人伝」に見られるような例外があった。(3)近代には、しかし欧米の民主主義が「大同思想」として理解された。これには、在華宣教師・李提摩太(Timothy Richard)らの雑誌『方国公報』が大きな影響を与えた。本論では、清末洋務論者の小康思想による世界統一思想(「大一統思想」)と李提摩太訳「回頭看紀略」にみえる「大同之世」の相違をもとに、康有為らが1890年代に宣伝した大同思想を明確化した上で、康有為が後者によっていたことを論証した。ただし康有為の大同思想が人欲肯定論や家族解体論にまで踏み込んでいたのは、李提摩太の影響でなく、前者は陽明学左派思想、後者は仏教の出家思想に拠るところが大きいとした。 大同思想の影響面については、民国から共和園に至る時期の主要著書や論文を資料一覧として、『研究成果報告書』に収めた。また、外国への影響は、『大同書』英訳者トンプソン(Laurence G Thompson)を中心に調べたが、まだ十分ではない。ただ、大英図書館にて1921年に康有為が自ら署名献本した二著作を発見した。これに関しては、近日、論文として発表予定である。
|