本研究は、士人に学ばれるものとしての「朱子学」の成立は朱熹以後の南宋から元、明にかけての文化、社会史的状況から生じてきた問題であると捉え、慶元6年(1200)の朱熹の死の前後から南宋末までに焦点を絞り、朱熹学術受容者層の動向に注目することにより、士大夫思想界で南宋後期にいわゆる「朱子学」がしたいに形になっていく実態を解明しようとするものである。 本年度の研究遂行状況は、以下の通りである。 1.朱熹学術受容者の朱熹への接近の実態と背景を検討すべく、地方志その他に含まれている朱熹生前の関係者に関する資料を収集して必要な情報を抽出・整理した。 2.朱熹没後の朱熹初伝、再伝の朱熹学術各受容者とその受容の諸相について資料を収集し、情報を抽出・整理した。本年度は初年度でもあり、朱熹の直門中で後世からみて特に重要な陣淳、黄幹のネットワークについて検討した。なお継続中である。中心的成果の発表は次年度になる。 ・経費の一部はこの1、2関連図書の購入及び情報整理のためのパソコン付属機器にあてた。 3.教学学説史という枠からではなく、宋代の文化、社会史という視角から「朱子学」を捉える視点は、近年の米国における宋代史研究の同様の潮流と同調するものであり、2003年3月にニューヨークで開催の米国アジア研究学会(AAS)において上記2の成果の一部を発表し、米国在住の研究者と意見交換をした。 ・外国旅費はこの学会発表に、謝金はそのための論文翻訳校閲費用及び通訳費用にあてた。
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