1.福音書記者ルカによって用いられる「ヘレニスト」という用語は「ディアスポラ出身のギリシア語の使い手」という意味以上のものを含まない。このことは、これにギリシア風素養というニュアンスを持たせるところから、ユダヤ教的地盤から異邦人的環境へと展開する初期キリスト教史展開上の架橋をする役割が帰せられるようになった研究史の再検討の正当性を支持する根拠となる。 2.原始キリスト教の伸展において、民族(ユダヤ人、ないしギリシア人)や文化(ユダヤ教、ないしヘレニズム)による境界を想定し、それぞれの境界内部での孤立した展開があったとすることは歴史的に肯定されない。むしろ、初期キリスト教において諸地域教会相互間に頻繁な接触と連絡があったネットワークを形成していたと考えるべきである。このことは、原始キリスト教をユダヤ人キリスト教と異邦人キリスト教とに二分して捉える見方を正当化せず、その中間項としてのヘレニスト・キリスト教を要請する必然性を否定する。 3.使徒言行録の「ヘレニスト」叙述の分析は、「ヘレニスト」のみがユダヤ人キリスト教徒異分子としてユダヤ教徒による迫害の対象とされたという定説が根拠のないものであることを示す。 4.「ヘレニスト」がユダヤ教律法に批判的な神学を持っていたというテーゼは文献的根拠を持たない。そもそも、律法理解の差異がユダヤ教内部での特別な対立抗争から迫害へと通じる要素となり得たか、詳細な検討を必要とする。
|