本研究がめざしたのは、第一に、文化をめぐるアドルノの思索を体系的に理解すること、第二に、そこで再解釈されたアドルノの文化理論を、文化をめぐる現在の状況に向けて有効に発言してゆく上での武器とすることであった。 第一の課題とは、研究初年度に集中的に、取り組むことになった。年度末に上梓した『アウシュヴィッツ以後、詩を書くことだけが野蛮なのか』は、文化をテーマとする既発表の論考に、新たに書き下ろされた「文化と野蛮の弁証法的関係」と「音楽の進歩と啓蒙の弁証法」を主題とする二章を加えて、この面での成果を集成したものである。 アドルノ研究に関しては、2003年が彼の生誕百周年であったこともあり、フランクフルト大で閉かれた国際シンポジウムに出席し、「アドルノの道徳理論」に関する新たな問題意識を獲得する上で貴重な示唆を得た。さらに、この百周年を概縁として数多く刊行された新たな文献を通して、戦後のフランクフルト学派の活動についての多くの情報が得られ、それを基にして「引き裂かれた生」という論考をまとめたが、ここからさらに、「二つの戦後-フランクフルト学派と『思想の科学』」という新たな研究テーマを獲得することになった。 第二の課題については、初年度に執筆した「虚構としての文化-文化理論をめぐる最近の議論について」というサーベイ論文を土台として、現在、具体的な個別研究を進めている段階である。一つには「公共性と文化」についての考察であり、そこでは「非同一性」をめぐるアドルノの思考が土台をなしている。いま一つは「表現の自由と大衆の欲望」に関する研究であり、アドルノのテレビ論、大衆文化論との批判的対決が研究の出発点に置かれている。この方向での研究は、今後さらに本格的に展開されるはずである。
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