19世紀末から20世紀初頭のロシア法思想において、宗教思想、とりわけ宗教的神秘主義への関心が増大する。その背後には、社会の産業化と大衆化にともなう、旧来の「個人」概念の動揺と、新しい「個人」概念の模索というロシアおよび西欧が置かれていた時代状況があった。P.ノヴゴロツェフが『現代法意識の危機』で指摘したように、人権が個人の自由で理性的な意志に由来するとする旧来の法理論(権利意志主義)は大衆化社会の権利理論としては不十分なものとなった。ロシア国家のありかたそのものを変革し、かつ集団としての個人の権利を擁護する枠組みの必要性が、当時の法思想に求められていた。この過程でロシア法思想は宗教に注目する。ロシア法思想と宗教思想の特殊な結合あるいは融合が生じるのである。本研究は、法思想と宗教思想の融合というロシアの特殊な脈絡の中で、その結節点としてウラジーミル・ソロヴィヨフの思想を分析し、新しい個人概念と集団概念の形成におけるその意味を析出した。 ソロヴィヨフに代表されるロシア宗教思想の特色は、現実変革の理論として神的世界を現実の中で実現させようとする志向、つまり人間を物資を地上世界において「霊化」しようとする志向」にある。霊化された人間と物質は、理性的存在であると否とにかかわらず全面的な存在の権利を有することになる。したがって旧来の権利意志主義は克服される。この議論の構造を論文「ウラジーミル・ソロヴィヨフとオカルティズム」等において解明した。 研究の過程で、神秘主義がプラトニズムと密接に結びついていることが明らかとなってきた。ロシアにおけるプラトンとプラトニズムの受容の特質とその機能については、今後の研究課題としたい。
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