本研究は申請者が従来行ってきた、18世紀における自然観の転換と道徳世界との関係の研究を深め、この宇宙の総体的知への組み込みを軸に、主体としての「人間」の成立による自然と社会の分離が通常化した19世紀以後のヨーロッパ近代とは異なる思想圏として、18世紀思想を描き出すことを目的とした。そのため分析の範囲をスコットランド道徳哲学全体の分析に拡大しつつ、視角を近代宇宙像が道徳哲学に与えた衝撃に絞って、人間の中心性を軸とする19世紀以後の思想と区別される啓蒙の道徳世界を「空間的外部」との関係において描き出すことを展望して、近代初頭から現代にいたる空間的外部の意識にかかわる文献資料を収集し、整理を行った。とくに17-19世紀の「世界の複数性」をめぐる論争と、それと道徳哲学の関連を研究した。またヒューウェルやチャーマーズがかかわった19世紀中葉の「世界の複数性」論争を調査し、その内容を検討した。その結果として、以下の諸点が明らかになった。(1)近代科学の宇宙観の衝撃は、キリスト教的な道徳世界をも揺るがす可能性を持っていたが、「世界の複数性」がキリスト教と新しい自然観を調和させる触媒の役割を果たし、新しい宇宙像を古代世界で生まれたキリスト教と調和させて、自然と社会倫理が地続きである古代的、中世的な知の全体的あり方を継続させた。(2)トマス・リードの自然観、道徳哲学、方法論に見られるように、空間的外部に呼応する「外部性」の論理が「イギリス経験論」の重要な礎石となっていた。(3)同時期の山片播桃の「大宇宙論」が示唆するように、天文学による伝統知の再編は、ほぼ同時期のアジアでも同様な現象を引き起こした。これらの結果として、(4)18世紀に見られる宇宙論的人間主義を啓蒙の忘却された一つの共有観念としてとらえ、この点からニュートン主義を近代思想の触媒として再評価する必要性が浮かび上がってきた。
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