これまで儒学・国学を中心に17〜19世紀の対外観、華夷思想について研究を進めてきたが、本研究はそこで得られた知見をもとに民衆の対外観について検討を進めるものである。本年度は、民衆といっても比較的史料が豊富な在村国学・在村洋学について検討を進めるために、諸史料の収集を行った。具体的には、『日本思想史研究会会報』20号に「洋学思想史の一考察-自他認識を中心に」と題する論文を発表し、これまで近代的思惟との関連で検討されることの多かった洋学思想を、自他認識の観点から再検討する必要性を明らかにした。同時に、『日本思想史学』34号に「民衆宗教史研究・研究史雑考」を発表し、民衆思想史研究の側から、これまでの研究史の整理を行い、新たな課題としての自他認識の研究への見通しをのべた。また、「近代天皇制イデオロギーの思想過程」と題する論文では、福沢諭吉ら啓蒙思想家の自他認識につながる徳川思想の自他認識について問題提起し、国学・水戸学というラインでは捉えられない思想群への注意を喚起した。 以上によって、概ね史料が豊富な部分に関しては、基礎的研究は完了したといえる。今後は、民衆思想・民衆宗教に関わる自他認識の検討を、未だ紹介されていない史料等を収集しながら検討していくこととなるが、朝鮮通信使をめぐる朝鮮観の問題が一つの基軸となると思われる。その際に、「善隣・友好」史観ともいうべき見方が根本的に見直される必要があろう。また、「三国世界」像を始め、宇宙観・死生観の問題も絡めつつ、仏教思想の自他認識についても検討する予定である。
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