苓年度は研究計画実施の初年度にあたり、基礎的調査として二回の現地調査を行い、また収集した文献研究の分析を中心におこなった。現地調査の第一回では北京で劉介廉思想研究家金宜久氏と劉介廉の思想について意見交換をすることができた。第二回目の調査は上海、杭州、南京、六合、揚州で行った。南京の浄覚寺には「大化総帰」の石碑を始め、回儒融合を示す遺物が多く保存されているために、継続的に調査を続ける必要性を感じた。これらの調査と併せて、劉介廉の作品「五更月」の研究を行った。「五更月」はイスラムの世界観、人間観、倫理観を劉介廉が清代初期の一般イスラム信徒に理解しやすいように平易な漢語で書き表したものである。儒教、道教、仏教の諸概念を駆使しながらイスラムの教義を説明しているが要所においてイスラム教が在来宗教と異なる点が強調されている。この内容は二千二年雑誌「思想」九月号に発表した。また、中国イスラム存在一性論の鍵概念である「真一」「数一」「体一」の三概念のうち、「体一」の概念は西アジアのイスラム世界にこれに直接該当する概念がない興味深い概念であるのでこれを取り上げて分析した。この分析は劉介廉の「天方性理」第五巻と馬復初の「天方性理第五巻注釈」を基礎にし、馬聯元のSharh al-Lata'if(天方性理阿文注解)の第五章と対比しながら行った。その結果、「体一」は馬聯元によりmuttahidiyahという特殊なアラビア語に訳され、その訳語が成立する理論的根拠が明らかになった。「体一」は西アジアのイスラム神秘思想における「完全した人間(al-Insan al-Kamil)」の漢訳語であり、「真一」「数一」の関係を会得し、その会得した大智に基づいて生き、行動する人間を意味していることが明らかになった。その内容は二千三年度英知大学人文科学研究室紀要「人間文化」第6巻に発表した。
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