スタニスラフスキイの演技創造方法、いわゆる<システム>と、彼の弟子でもあったメイエルホリドの演技創造方法<ビオメハニカ>とを従来までのように二項対立的に捉えるのではなしに、本質的な部分において極めて近接したものであったことを比較研究しようとするのが本研究の目的であった。 モスクワに赴いて入手した、ロシア国立演劇アカデミー(ГИТИС)の教官たちの論文を編んだ《Мастерство режиссера-гитис студентам》(『演出者の仕事-ギチスの学生たちへ』2002)を現在読解途中であるが、本書によると、スタニスラフスキー・システムとメイエルホリドのビオメハニカ、どちらの方法に基づいて演技創造の方法を教授するかは各教官の裁量に任されており、また学生各自が指導教官を選んで師事するようになっている。このことからロシアでは両演技創造の方法が全く対立的には捉えられていないことが判明した。 またスタニスラフスキー晩年の論文や講話、さらに自宅稽古場での生徒たちとの対話を集成した《Станиславский репетирует》(『スタニスラフスキーが稽古をつける』2000)によると、彼は晩年には明らかに身体的行動を最初のきっかけにした演技創造を指導しており、初期の心理・感情偏重から方向転換していたことが理解できた。 日本における両演技創造方法への対立的な理解・把握の仕方は明らかに誤りであったことが判明した訳である。但し、スタニスラフスキーは晩年オペラしか演出しておらず、一方メイエルホリドはスターリンによって粛清されたため、ドラマの場合と方法論の相違があるかどうか、もし有るとすればそれはいかなる意味を持つかは今後なお一層検証していく必要があると思われる。
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