各年度にわたりおこなった調査を通じ、(1)舎利信仰とその造形、(2)墓制と美術、(3)供養者と仏教造像の各観点に関わる重要事例について成果を得た。(1)では、舎利容器(陝西省耀縣出土石函・隨時代・耀縣博物館、陝西省周至県仙遊寺塔出土棺型舎利容器・唐時代、韓国感恩寺東三層石塔出土舎利容器・新羅時代)、造像碑(山西省臨猗県大雲寺・唐時代・山西省博)、誌(青州勝福寺舎利塔下銘・隨時代・青州市博)、(2)では、山東省霊岩寺慧崇塔・唐時代、司馬金龍墓石棺床・北魏時代、(3)では、駝山石窟、雲門山石窟(山東省)、曲陽修徳寺出土石造群(北京故宮博)がその調査対象である。 これらの成果を基礎に、(1)隨唐期の舎利容器の形式変遷と意味、(2)薬師寺金堂薬師如来像の須弥座、(3)上代日本の異国像について論考をあらわし、それを掲載した報告書を刊行した。(1)では、舎利容器が唐時代を通じて容器型から棺型へと変化する過程をあとづけ、舎利が釈迦の遺骨として埋葬されることの意味を論じ、この変化の理由に儒教的な文脈が入り込んでいる可能性について言及した。(2)では、同像の台座にあらわされる四神や崑崙奴などの中国作例にはみられないモチーフが、奈良時代初頭の日本に出現したその意味について考察を加えた。(3)では、北魏から唐、そして古代日本に散見される異国人をあらわすモチーフが、仏教美術において果たす役割について論じた。
|